Oリング(ゴム材質)と溶出

Oリングなどのゴム製品が特定の液体と接触した際、ゴム材質(加硫ゴム)の成分が液体に浸出する現象のことを溶出と呼びます。これは不可逆的な現象であり、Oリングの使用上ではシール対象物の汚染や、酷いケースではゴム材質の硬化(製品の痩せ細り)といった影響が大きな問題になることもあります。Oリングの適合性指標のひとつである耐薬品性は、主にシール機能の維持力を基準として算出したものである為、溶出物に係る汚染などを厳重に管理しなければならない場合には、耐薬品性とは別に溶出性のレベルを検証することが必要です。

しかし、一般的な用途では微細な溶出成分が重大な問題になることは少なく、溶出物の種類や量の許容範囲を闇雲に厳しく設定することは不必要です。例えば、飲食料品の製造ラインなどで選択されることの多いシリコンゴム(VMQ)系のゴム材質は、高溶出性(溶出物の量が多い)であり、それらの材質を用いた製品からは低分子シロキサンが製品重量に対して数%単位で溶出することもありますが、それが飲食料品に対する安全性の観点から直接的に問題視されることは概してありません。逆に、高純度薬品の製造ラインに於いては、アセトンやトルエン、メタノールのような溶解性の高い液体に対して3周期以降の元素の溶出量が10ppm(0.001%)未満であるフロロパワーFF(標準FFKM)のような、低溶出性(溶出物の量が少ない)の材質が選択されます。更に条件が厳しい場合には、溶出量が10ppb(0.000001%)未満であるフロロパワーAPP(極低溶出FEPM)フロロパワーDEP(極低溶出FFKM-E)フロロパワーFFP(極低溶出FFKM)といった、極低溶出性(溶出物の量が極めて少ない)の材質が必要とされることもあります。基本的に殆どのゴム材質は溶出し易い物質を含んでおり、製造過程で意図的に添加される珪素(Si)や硫黄(S)といった元素の他、厳密にいえば製品を素手で取り扱うだけでも不純物としてナトリウム(Na)などの元素が付着することから、溶出の原因となります。要求される溶出性のレベルを踏まえ、相応の材質を選択して下さい。

尚、慣用的に溶出と抽出を同義で用いることもありますが、溶出は成分の滲み出し現象そのものを、抽出は特定の成分を選択的に取り出すこと(JIS K 6229:ゴム−溶剤抽出物の求め方/ISO 1407:Rubber−Determination of solvent extract)を指すのが一般的です。

>>>耐薬品性(液体と材質)

溶出の原因と溶出物の種類

Oリング(ゴム製品)から溶出する物質は、原料ゴムから分断された低分子重合物が溶出するケースを除き、殆どが化学的に結合していない配合剤(充填材や可塑剤)、或いは製造や流通の過程で混入した不純物です。Oリング(ゴム製品)を形づくるゴム材質(加硫ゴム)は、原料ゴムと配合剤を混ぜ合わせたもの(配合ゴム)に、架橋反応(加硫)を促したものであることから、意図的な添加物か偶発的な不純物かに関わらず、化学的に結合していない成分を内包しています。それらの成分は、元の状態では架橋によって形成された網目構造と絡み合っていますが、特定の流体と接触すると溶解して網目構造から抜け出し始めます。偶発的に混入した不純物は微量なこともあって短時間で抜け切り溶出も少ない反面、意図的な添加物は長期間に亘って溶出が続き、場合によっては製品の体積を極端に減少させてシール機能などに深刻な影響を及ぼすこともあります。以下①〜④は、溶出の主だった原因と、それぞれに係る溶出物の種類をまとめたものです。尚、一般産業で要求される溶出性のレベルで、③及び④の内容が影響を及ぼすことは殆どありません。

 

① 原料ゴムに起因する溶出

原料ゴムの基本骨格となる構成物質が溶出することは稀です。但し、結合力の弱い分子鎖を持つ場合、シリコンゴム(VMQ)から分断された低分子シロキサンのように、低分子重合物が溶出することがあります。また、原料ゴムの中には重合時の触媒物質が残留していることがあり、それが溶出物となる場合もあります。

原料ゴムに起因して溶出する代表的な元素(2周期までの元素は除く)
直接原因 元素
記号(和名/英名) 分類
原料ゴム(ポリマー) Si(珪素/Silicon) 14 半金属
Cl(塩素/Chlorine) 17 ハロゲン
Ca(カルシウム/Calcium) 2 アルカリ土類金属

* 元素レベルで確認した際の代表例です。通常は化合物として溶出します。

② 配合剤に起因する溶出

配合剤は、溶出の直接的な原因として最もよく見られる意図的な添加物です。充填材や可塑剤、架橋剤、加工助剤といった各種配合剤は、全て溶出の要因となり得ます。特に充填材、可塑剤、そして加工助剤は、基本的に加硫による原料ゴムとの化学的な結合が無いことから製品になっても只の混合状態にあり、殆ど液状である可塑剤をはじめ、接触する流体によっては簡単に溶け出し始めます。また、架橋剤や加硫促進剤は加硫によって化学的な変化が齎されますが、変化せずに残留したものや変化後の不要な物質は、そのまま混合されているだけなので容易に溶出します。尚、製品の硬化や体積減少といったシール機能に対して直接的に深刻な影響を及ぼす溶出現象の多くは、配合剤に起因しています。エチレンプロピレンゴム(EPDM)系のゴム材質のように添加物の含有比率が高いもので発生し易い他、原料ゴム自体が有する耐薬品性が劣っている場合にも顕著に発生し、膨潤や分解による網目構造の変化に乗じて比較的溶出し難い添加物までもが溶け出し始めます。

配合剤に起因して溶出する代表的な元素(2周期までの元素は除く)
直接原因 元素
記号(和名/英名) 分類
充填材(フィラー) Si(珪素/Silicon) 14 半金属
Zn(亜鉛/Zinc) 12 (卑金属)
顔料 Ti(チタン/Titanium) 4 遷移金属
Cu(銅/Copper) 11 遷移金属
Cr(クロム/Chromium) 6 遷移金属
Fe(鉄/Iron) 8 遷移金属

加硫材

加硫促進剤
S(硫黄/Sulfur) 16 非金属
Zn(亜鉛/Zinc) 12 (卑金属)
P(燐/Phosphorus) 15 非金属
Mg(マグネシウム/Magnesium) 2 (卑金属)
Ca(カルシウム/Calcium) 2 アルカリ土類金属
加工助剤 Zn(亜鉛/Zinc) 12 (卑金属)
Ca(カルシウム/Calcium) 2 アルカリ土類金属
Na(ナトリウム/Sodium) 1 アルカリ金属
配合剤に含まれる不純物 Mn(マンガン/Manganese) 7 遷移金属
Fe(鉄/Iron) 8 遷移金属

* 元素レベルで確認した際の代表例です。通常は化合物として溶出します。

 ③ 製造工程に起因する溶出(極低溶出レベルの影響)

前述の①や②と比較して極端に微量ですが、製造工程で製品(或いは原材料や半製品)と接触する全ての生産設備や作業員は、不純物(溶出物)を混入させる原因となります。代表的な例としては、混練工程で使用されるオープンロールや、裁断工程で使用される刃物、圧縮成形(プレス)工程で使用される金型などに起因する金属類が挙げられます。通常、それらの機器には使用の度に入念な清掃が施される為、一般的な製品用途で問題となるレベルの不純物が混入することはありません。しかし極微細ではあっても、厳密には機器表面からの金属イオンや洗浄剤の残留物などが製品に移行する可能性があり、精密な分析方法では溶出物として検出されることがあります。その他にも、作業員が素手で触れた箇所に人間の肌表面に存在する皮脂や汗などの物質が付着したり、原料ゴムを包装しているフィルム素材(ポリエチレンなどの合成樹脂)に含まれる添加剤の成分が混入したりといった些細な事象が、極低溶出レベルが必要となる特殊な用途に於いては問題視されることがあります。

製造工程に起因して溶出する代表的な元素(2周期までの元素は除く)
直接原因 元素
記号(和名/英名) 分類
刃物(裁断機やハサミなど) Fe(鉄/Iron) 8 遷移金属
Ni(ニッケル/Nickel) 10 遷移金属
金型 Fe(鉄/Iron) 8 遷移金属
Ni(ニッケル/Nickel) 10 遷移金属
Cr(クロム/Chromium) 6 遷移金属
人体(素手) Na(ナトリウム/Sodium) 1 アルカリ金属
Ca(カルシウム/Calcium) 2 アルカリ土類金属
K(カリウム/Potassium) 1 アルカリ金属
包装材(ポリフィルムなど) Ca(カルシウム/Calcium) 2 アルカリ土類金属
Na(ナトリウム/Sodium) 1 アルカリ金属

* 元素レベルで確認した際の代表例です。通常は化合物として溶出します。

④ 流通過程に起因する溶出(極低溶出レベルの影響)

前述の③と同様、非常に微量ではありますが、製品に触れた人の手や包装材から不純物が付着し、溶出の原因となることがあります。

流通過程に起因して溶出する代表的な元素(2周期までの元素は除く)
直接原因 元素
記号(和名/英名) 分類
人体(素手) Na(ナトリウム/Sodium) 1 アルカリ金属
Ca(カルシウム/Calcium) 2 アルカリ土類金属
K(カリウム/Potassium) 1 アルカリ金属
包装材(ポリフィルムなど) Ca(カルシウム/Calcium) 2 アルカリ土類金属
Na(ナトリウム/Sodium) 1 アルカリ金属

* 元素レベルで確認した際の代表例です。通常は化合物として溶出します。

>>>耐薬品性(液体と材質)

溶出性のレベル

冒頭でも述べたとおり、基本的に殆どのゴム材質(加硫ゴム)は溶出し易い物質を含んでいますが、耐薬品性などの影響からシール機能が損なわれる程に極端な量の溶出が発生している場合を除き、一般的な用途では微細な溶出物が問題になることは稀です。しかし、高純度薬品や半導体の製造プロセスなどに代表される極めて高いクリーン性が必要とされる環境下では、精密な分析方法を用いなければ判別が不可能なレベルの溶出物が、重大な不具合要因として問題視されます。下表は、溶出性のレベルを目安として4段階に分類したものです。アセトンやトルエン、メタノールといった溶解性の高い液体に対する溶出性を総合的に判断したものであり、液体の種類や溶出物の種類は限定していませんが、特殊用途などで相応の材質を選択する際の指標として参考にして下さい。

溶出性のレベル
レベル 元素(3周期以降)の溶出量 使用箇所の例 代表的なOリング材質
極低溶出性 10ppb(0.000001%)未満 高純度薬品製造
半導体製造(ウェット工程装置)

フロロパワーFFP >0.5ppb未満、
フロロパワーFOP >3ppb未満、
フロロパワーDEP >10ppb未満、
フロロパワーAPP >10ppb未満

低溶出性 10ppm(0.001%)未満 半導体製造(洗浄液や処理液)
試薬製造
医薬品製造

フロロパワーFF
フロロパワーFO

フロロパワーDEB
ほか(FF系FO系DE系

中溶出性 1ppc(1%)未満 医薬品製造
化学品製造
フロロパワーAP
フロロパワー3F
FKM-70(4D)
ほか(AP系3F系FKM系
高溶出性 1ppc(1%)以上 食品製造
油空圧工業などの一般産業
NBR-70-1(1A)
VMQ-70(4C)
EPDM-70
他(大半のゴム材質)

* 上記は接液の初期段階に於ける溶出量に依ります。通常、溶出量は接液時間に比例して減少します。

>>>耐薬品性(液体と材質)

溶出の分析方法

特定の液体にゴム材質(加硫ゴム)を所定の条件で浸漬した後、その液体を分析することで溶出物の種類や量を測定することが出来ます。定性・定量分析には幾つかの方法がありますが、以下の2つが代表的です。

 

① 液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS)

液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS = Liquid Chromatography Mass Spectrometry)とは、固定相と移動相(液体)での分配平衡定数が物質によって異なることによる分離現象を利用して物質を成分毎に分離し、分光法で定性分析を行い、イオン化法で定量分析を行う方法です。通常、この方法による装置ではppm(低溶出性)レベルでの分析が可能であり、また特定の反応基を分析する能力も備えていることから、化合物を検出することも出来ます。

② 誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)

誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS = Inductively Coupled Plasma - Mass Spectrometry)とは、プラズマによってイオン化された成分のイオン強度をスキャンすることで、定性・定量分析を行う方法です。極微量な元素の高感度分析が可能であることから、前述の液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS)よりも不純物の検出などに適しています。通常、この方法による装置ではppb〜ppt(極低溶出性)レベルでの分析が可能です。

>>>耐薬品性(液体と材質)